こんにちは、デザイナーの鈴木です。

デザイナーはたびたび「いい感じにお願い」や「これいい感じだね」と”いい感じ”という言葉に出会います。数多のデザイナーがこの「いい感じ」という言葉に悩まされているのはよくある話です。 「背景は薄い青色で、文字は濃い緑がいい」や「カッコいい感じにして」という言葉でも、”いい感じにして”という言葉が実は潜んでいて、デザイナーとは何かを”いい感じ”にする職業なのです。

ところがこの”いい感じ”という言葉のもつ幅はとても広いです。 今回は私が”いい感じ”を提示された時に一体どういうプロセスを踏むかをご紹介します。

例として子供向けのイベントでポスターを制作することになりましたが、依頼者から日時とイベントタイトルと「いい感じにお願い」という発注があったとします。

情報を集める

このイベントポスターの”いい感じ”というのは誰にとって良い感じなのでしょうか?

依頼者がいいと思っているのか、子どもを持つ親がいい感じに思うのか、子ども自身がいいと思う場合かなどそれぞれ意味合いが変わってきます。 イベントタイトルからもある程度推測できます。「親子で遊ぼう!わくわくキャンドル制作」や「0歳から始めるクラシックコンサート」であれば親がいいと思うものを想定すれば良いでしょう。しかしヒーローショーの場合はどうでしょうか?ヒーローをかっこよく見せて子どもから親にこのイベントに行きたい!と言わせる必要もありますし、ヒーロの場合はヒーローらしさを優先しなくてはいけません。

また、学校に掲示するのか博物館に掲示するのか、同デザインを新聞の折込チラシにする可能性もありそれぞれの空間や様式を考慮する必要もあります。これは依頼時に具体的に「わいわい楽しそうな感じで」と言われたとしても「わいわい楽しい」には幅があるため情報を集めるのは避けて通れないのです。

まずは情報を依頼者にヒアリングしましょう。 「いい感じって誰にとってですか?」と聞いてしまえば相手は困惑してしまうので、少し工夫をしながら質問をしなくてはいけないのですが、この質問は同時に次の工程もまとめて行います。

質問する

質問する際にこちらの情報と相手の情報を擦り合わせます。 あくまで擦り合わせるのが大切で、依頼者が持っている情報を単に知るだけでは足りません。

「どんなイベントなんですか?」や「規模はどれぐらいを予定していますか?」「どこに掲示する予定ですか?」となるべく相手が答えやすい質問を繰り返します。

自分が欲しい情報の答えを持っていない場合はその場で考えていただきます。「規模は考えたことがなかったなあ」と言われればこちらから「会場の大きさからして最大で20人ぐらいですかね?」と聞いてみると「いやいやそこまでは多くないと思うよ」か「もうちょっとたくさん来て欲しいなあ」と反応があるのでそれを情報としてこちらが持っておきましょう。

実際にその情報がデザインに活用できなくても構いません。大切なのはイベントの情報を集めることです。 初めのうちはデザイナー側も言葉からの勝手なイメージでイベント内容を想像しますが、得られた情報から依頼者が想定しているものに近づいていきます。季節、時間、環境、規模、雰囲気など依頼者とデザイナーに齟齬があってはいけないため、重要な見落としがないように質問します。

イメージさせる

そうしていくうちに依頼者はイベントの雰囲気を言葉にしたことで、より具体的にイベントをイメージできます。そこからデザインの方向性を決めていきます。

デザインはより個人の好みによって大きく左右されるので、単なる好みとデザインに落とし込みたい好みを混ぜないように注意しましょう。「背景は薄い青」と指定があっても「こんな色ですか?」と最初から明確にせず、「爽やかなイメージですか?それともポップな?」と大きなイメージから詰めていきます。そして今までは質問ばかりでしたが、先ほど聞いたイベントの情報を元にだいたいのイメージをこちらからいくつか提案します。

遊園地のようなワイワイした雰囲気や、自然と触れ合うような雰囲気、子供むけのアカデミックな雰囲気など子供向けとひとくくりにしてしまえばさまざまですが、先ほどの情報からある程度方向性は見えてきます。しかし、当初は「いい感じ」とだけ言われていても先ほどの情報整理の段階で依頼者が必然的にデザインの方向性を持つことになるため、それをこちらと擦り合わせていきます。

大切なのは大きなイメージから擦り合わせていくことです。 そしてこちらが得られたイベントの情報とデザインイメージに齟齬がないかも確認します。

この段階が一番大切な工程です。

イメージを見せる

ここまで言葉でやり取りしてきましたが、イメージというものは言葉にのせきることができません。なので参考程度にさまざまな見本を見せながら、抽象的なものから具体的なイメージに順に落とし込みます。

あらかじめいろんな情報を依頼者と一緒に振り返ったことで、依頼者の頭の中が情報を聞き出す前より鮮明にデザインを想像できます。しかし相手はデザイナーではないことがほとんどなので、これを具体的に表現することはできません。そのため、初期段階ではなくイメージさせたあとで具体例を見せることが重要です。具体例はもちろん完成度の高いものを提示するわけですから、見本に引っ張られてイベント内容に沿っているかどうかの考えが抜け落ちてしまうからです。

そして必ず参考イメージは複数個選びます。

もちろん人つだけ選んでそのままデザインをそのまま真似ることになってしまってはいけませんし、制作するものはその本質を捉えたデザインであるべきなので何かのコピーになってはいけないからです。

制作、そして繰り返す

参考デザインや情報が出そろったところで、制作に入ります。 それを提出すればフィードバックが返っていき、先ほど行った行動を適宜繰り返します。

提出したデザインを見て「タイトルは赤がいいなあ」と言われればそれは自分と依頼者でイメージの齟齬があった結果です。

その齟齬は後から依頼者側で自然と発生する場合もあるのでめげずに、情報を整理し、質問を投げながら相手にイメージさせることを繰り返します。なぜ赤が良いのか、もっと力強く情熱的な雰囲気が良かったのか、タイトル以外の要素はイメージと相違ないのか。この工程を繰り返すことでよりリテイクが少なくデザインを仕上げることがきます。

最後に

デザイナーですら最初から明確なデザインイメージを持つことは難しいです。 それをデザイナーでない他人に行ってもらい、言葉で伝えてもらうことはより困難です。

“いい感じ”のイメージを形にするのは適切なコミュニケーションをとることで達成可能になりますが、すり合わせというものはすれ違っているから起きることなので衝突しやすく、慎重な態度が必須です。デザイナーにコミュニケーション能力が問われるのはこういった要因からきています。

今回はデザイナーが行うことを前提としましたが、営業やエンジニアが行うこともあると思います。当然最後の工程以外はグラフィックソフトを利用せず、ツールといえばGoogle検索する程度ですので高校生でもできます。デザイナーとの違いは提案するパターンが多いか少ないかぐらいです。

今回はイベントポスターを例に出しましたが、プロダクト開発や普段の生活でも”いい感じ”が求められた時にぜひ試してみてください。